■ 茗荷谷(2003年9月) |
桜で有名な播磨坂です。突然出くわすこの大きな通り、ちょっとしかないのになんでこんなに立派なの?と思ったら、ちゃんと理由がありました。戦後の都市計画のなかで、環状道路が計画されました。今の環七や環八もそのひとつです。そしてかなり内側にも、環三が計画されてました。この坂は、その環三の一部なんですよ。 その広い道路を持て余すかのように、まん中には歩行者専用の公園のような場所があります。場所によっては小川も流れていたりして。 お花見の季節は、いい感じなんでしょうね〜 |
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今や再開発で大きな建物がたっていますが、この場所にはかつて極楽水という湧水がありました。その面影は、今でも公開空地の一画に再現されています。結構いい感じに整備された公開空地ではありますけど、ちょっと立ち入りにくい雰囲気でした |
これだけ町中だと、さすがに開発によって昔とは街並みも変わっていますよね。昔の様子を語るのは案内板や碑しかない、なんてことがよくあります。 この場所は、石川啄木の終焉の地だそうです。わずかに立てられた石碑と、申し訳なさそうな案内板。これで当時の面影を想像するのは、なかなか難しいですね… |
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尾根上にある春日通りを超えると、再び谷底に向かって進みます。傾斜が急な場所は、坂道ではなく階段だったりもします。ここ庚申坂は時間が止まったかのような、どこかノスタルジックな雰囲気だと思いません? |
谷底で線路をくぐると、再び尾根に向かいました。普通の住宅地をあるいていると、こちらにも石碑だけの場所がありました。その一画は切支丹屋敷があったそうです。江戸時代に弾圧されていたキリスト教の宣教師がここに収容され、様々な拷問にあっていたとか。う〜ん… |
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尾根沿いにしばらく進むと、再び下り坂に。このあたりの地形は複雑ですね。狭く曲がった下り坂は、その向こうにどんな世界が広がっているのか、興味をそそられます。 |